「楠は見ていた」

楠はみていた

楠はみていた。
何年も。
何十年も。

この道を通るひとたちを。

雨の降る日も。
雪の舞う朝も。
風の泣く夜も。


人々の別れがあった。
人々の出逢いもあった。

ときには涙も。
ときには優しいほほえみも。

ひととひととが触れあうぬくもりもあった。
ひととひととの絆の切れる瞬間も。

ひとはときには厳しく ときには優しく
ひとは誰もが弱さを抱え いつも誰もが 誰かを必要としている。

ひととひとがなにか糸のようなもので結ばれ
微笑みながら楠の下を歩いていく。



どこへ行くのだろう?

彼らに、どんな未来が待っているのだろう?

彼らが歩む道は、隣りあって平行に延びていくのか。

どこかで交わり、やがて離れてしまうのか。

確かにいま、ふたりの、ふたつの道はお互いの手が届くほど近くまで近づいているのに。

せっかく

せっかくふたりが出会うことができたのに。


『願わくば、ふたり歩むそれぞれの道、手と手を繋いで、どうか離れることのないように』



楠には絆が見える。

小さく、ほろこびそうな絆も。

強く、固く結ばれた絆も。

強い絆は、いつだって、荒れた道を歩んできた者たちの勲章だ。



それがどんな未来へと繋がっていくのか。それは誰にもわからない。


『その小さな絆がほころびることのないよう、しっかりとお互いの手を繋いでいられるように』


楠はそれを何も言わず見つめる。


これまでも
これからも ずっと ずっと ずっと

何かがほころびるその時まで。


誰も楠を見ていなくても

楠はみている。