いつかのこと。


前に、名前を聞けば誰でも知っている大手インターネットの企業で働いていたことがあった。

そこで俺と俺の他に4人ほど同期として一緒に入社した仲間がいた。
仲間とはいえ、別に仕事以外の付き合いはなかったけれど、
お互いをニックネームで呼び合ったり、仲は良かったのは覚えている。


そのころ俺は、仕事というものに意義を全然見いだせなくて、
こんなつまらない仕事……、という気持ちでやっていた。


実際の話、与えられる仕事は、部署に届くクレーム的なメールに
部署が用意したたくさんのテンプレートの中からいちばん近いものを選んで
ユーザに送りつけるというもので、何か月も何か月もそのくりかえしだった。


ただ、時給というか給料が今思うと目が飛び出るほどすごい金額で、
「金のためなら仕方ないか」という気持ちで続けていた。

でも、そんな仕事を何年も続けていたから、向上心がどうしても見いだせなかった。
同期で入った、彼らは俺よりもふたつみっつ年上だったんだけれど、
俺以外、みんなチーフクラスに昇進していった。
俺だけが取り残されていた。


よく役に立たないリストラおやじが、解雇するにできない状態になると、
資料室みたいな場所においやられて、ろくに仕事も与えられない部署に移されるというけれど、
俺もそんな感じだった。


ただ、俺の場合、席はちゃんと用意されていたけれど、その席は、チーフになったみんなと
隣り合わせだったり、俺の席の後ろに上の人がいたりと、正直、気が休まらなかった。


リストラオヤジなら、資料室でボーッとしていられるだろうけれど、
俺の場合、気が休まることなく、延々とテンプレートのメールを貼り付けて
送る作業を続けなければいけなかった。

休憩時間になって「休憩行きます」と声をかけるのも、すごく後ろめたい気持ちだった。


そのうち、俺は、周りの目をぬすんで仕事中にインターネットで時間を潰すようになった。
メッセで話をしたり、ブラウジングをしたり……。
ずっとこんな仕事をしているのが、耐えられなかった。

俺が何も仕事ができないから、資料室みたいな仕事を与えられていたのかどうかは、
今はよく覚えていない。でも、誰にも負けるつもりはないという気持ちは持っていた。


ある日。
メッセで話していた時だと思う。
社内で使っていた連絡用のメッセンジャーでメッセージが送られてきた。


「トマイ君、遊んでるの、バレバレだから」


なんとも答えようがなかった。それから真面目にやるようにした。

だけど、ストレスはたまる一方だった。

MEMORIZEでそのようなことを書き始めたのは、そのころだったと思う。

「俺の席の周りを囲むように上の人の席がある。監視されているようで落ち着かない」
というようなことを書いていた。

俺のことを知ってくれているひとならわかってくれると思うけれど、
俺は陰口をたたくようなことは大嫌いだから、
自分の苦しい気持ちを吐露するために書いていた。

そしてそれを続けながら、毎日変わることのない、単純な作業を繰り返していた。
ライン工と何も変わらなかった。


そんなある日。

一緒に同期で入った女の子(という言い方も変だけど、女性)に仕事中、急に呼び出された。
「トマイくん、ちょっと」

誰にも聞かれないような、人気のない階段に連れて行かれたことを覚えている。

そこで言われたことはすごく衝撃的だった。

誰にも知られないように書いていた日記を、見たというのだった。
うっかりどこかのプロフィールサイトにURLを書いてしまっていて、
そこから見つけたのだという。

そこで、「監視されているようで落ち着かない」ということについて、
いろいろ諭された。ネットやっているみたいだから見張るためだとか……。


でも、その時はっきり言ったのかは覚えていないけれど、
匿名掲示板の利用者のように、普段言えない悪口や陰口をネットで言いふらしていると
思われるのはとても心外だった。俺は俺のどうにもならない厳しさや苦しさを
MEMORIZEではき出しているだけにすぎなかった。

誰かを貶めたり、「あの野郎、いつも偉そうなことばかり言いやがって」というような
ことは絶対に言ったことなんてない。

今でもこのページの右側のリンクを探せばまさにその時のことが残っていると思う。
決してそんなことは言ってなかった。



やがて、俺は、俺だけじゃなく10人以上のうちのひとりだけれど、
俺は契約を切られることになった。


その時、同期のみんなで飲み会をやろうということになった。

みんなで集まるのは初めてのことだった。カラオケ屋で食べたホッケが美味しかった。
俺は必殺のミスチルの口笛を歌った。

会計になって、俺はワリカンだと思ってたんだけれど、
俺は小さいのがなかったので、
俺がカードで払うから、あとで各々の分渡してくれればいいよと言った。


だけど、その時、こう言われた。「トマイ君は払わなくていいよ、送別会だから……」

ああ、そうだったんだ、と思った。


カラオケ屋を出るともう始発が走ってる時間だったと思う。

送別会……か。

でも楽しかった。だから、言った。

「また機会があったら集まりたいな」

みんなは「はーい」と言った。


今ではみんなどうしてるのか、知らない。

俺はただ、また集まって騒ぎたいだけなんだけど、
さすがに俺から、「また集まろう」とは言えない。


みんなの中では、きっと俺はいなかったことになっているのだろうな……、と思うと
悲しくなる。もう、機会は……。



でも、たったひとつだけ、この会社に入ってとてもとても嬉しかったことがある。

俺はいつもドラえもん大好き人間ということを公言していたんだけど、
ある日、俺より3つ4つ年上の上司ともいえるYさんが、
ある日突然、「relax」という雑誌の付録についていたらしい
ジャイアンのポスターをくれたこと。

それと、普通にカワイイデスクに飾れる大きさのドラえもんの立派な人形を
プレゼントしてくれたこと。


ずっとやりがいのない仕事ばかりで、落ち込んでいた俺に、
「ほら、これあげる。だから頑張るんだよ!!」とドラえもんをくれたYさん。


結局、ウエに行くことはできなかったけれど、

その職場を去るときに、Yさんに伝えた。

「ここでは何ひとつ自分のためにならないことばかりだったけれど、
 ここで働いて、Yさんがこのドラえもんをくれたことが何よりもいちばん嬉しかったです。ありがとう」


ありがとう。


続く……。